ビッグモーター、ジャニーズが吹っ飛び、数々の企業が痛手を被るネットの「炎上」。既にマスメディアの中には、これをビジネスにしている企業も多い。そんな炎上を未然に防ぎ、もし燃えてもすぐ鎮火するのが「シエンプレ」。普段はメディアに出ない佐々木寿郎社長に、そのビジネスモデルと、秘めた思いを聞いた。
ネットの「火消し」はどこにもいない
ここに「炎上カレンダー」とでも言うべき資料がある。
例えば2023年の1~6月を抜き出すだけで「前澤友作氏監修のシングルマザー限定マッチングアプリ『coary』に批判殺到」「スシローで醤油さしを舐め、唾を付けた指で寿司に触る動画が拡散」「串カツ田中の社員が『期限切れ食材を使用』などと内部告発」「ジャニーズ事務所の性加害問題が発覚」「東急の建物の『オールジェンダートイレ』が『性犯罪に繋がる』と物議」といった事態が起きている。
シエンプレの佐々木寿郎社長が話す。

「企業は今まで、訴訟のリスクには法務部が、事故のリスクには安全管理部などが対処してきました。しかし、ネットの“炎上”に対応する専門部署を持つ企業はほぼなく、案件によってコンプライアンスに関わる部署や広報部などが対処しています。
どの会社にも専門家がいないのです。私はこの状況に危機感を持っています」
炎上のパターンも増えている。例えば、広告による炎上だ。日清食品はCMにアンミカ氏を起用したが、ネットで彼女の過去の反日的な言動が取り上げられ、日清食品の不買運動に発展、株価も下落した。日清食品の例は、企業に非がないのに炎上したところが珍しかった。
カネカは人事問題で炎上した。ある母親がX(旧Twitter)に、夫が育児休業明け2日目に関東から関西への転勤を命じられたと書き込むや同社に批判が集中、内定辞退者も続出する事態となった。

しかし、育休前から起業準備を進めていた疑惑も浮上した。
特に最近多いのが“タレコミ”だ。今は“炎上”をビジネスにしている人もいる。文春などのマスメディアや、インフルエンサーがその代表だ。しかも、これに他のマスコミが追随する。炎上事案はマスコミにとっても割がいい。政治や社会問題と向き合うには綿密な取材と相応の知識が必要だが、炎上事案のニュースは、ネット上の画像や動画を使えば若い記者でも記事をつくることができ、難しい社会問題の何倍もVIEW数を稼げる。
最近(2025年3月)も、すき家で味噌汁にネズミが混入していた事件が夕方のニュースで全国に放送された。本来なら公共の電波で放送すべき大切な議題があるはずだが、こういったニュースこそが簡単に作れて、視聴率や閲覧数も稼げるのだ。佐々木氏が話す。
「今、法人は1日あたり1.5件炎上し、炎上事案の約4割が24時間以内にメディアで放送・記事化されています。特に、衝撃的な画像や動画があると、マスコミに報道されるケースが多いことがわかっています」
では、炎上するとどうなるか? 企業は、計り知れないダメージを受けることがある。先のカネカは、株価が18%下落、時価総額にしてなんと537億円もの損失となった。上記、2023年の上半期には、ビッグモーターの元整備員が、意図的にタイヤをパンクさせる動画を投稿して内部告発を行ったことで、経営陣は退陣、企業も身売りとなった。
「企業側も炎上に対応する体制が整っていないのです。そもそも、WEBやSNSに関する研修やルール作りを推進できる人材が少ない。また、マーケティング部や広報部等がWEBを監視していても、経営陣やリ危機管理を行う部署とすぐ連携が取れる体制ではなく、対応が遅れて炎上に発展することがあります。中にはSNSで経営陣が反論し、火に油を注ぐケースもあるほどです」
これら「炎上」に適切な対処を行い、むしろ「神対応」と言われる会社にしていく、それが佐々木氏の目標だと言う。
炎上防止策は「事前の準備と冷静な対応」のみ
シエンプレは炎上をしない体制づくりの支援を行う。例えばSNS運用マニュアルを整備し、社員研修などで徹底する。
「現場の方たちにはSNSで炎上した場合を想定した研修を行い、広報や幹部の方には、それぞれの役職に対応した研修を実施します。準備があるとないとでは結果が大きく異なるのです。頻度は半年~1年に1度程度。防災訓練と同じで社員やアルバイトさんが『またかよ』と感じるくらいがちょうどいいこともデータからわかっています」

クリエイティブチェックも欠かせない。広告表現で炎上する企業は枚挙にいとまがない。これを防ぐため、社外とコミュニケーションをとる際、シエンプレに確認を依頼すれば、人を不愉快にさせる表現が含まれないか確認がとれる。
「我々は炎上に関する知識をお伝えするだけでなく、社内を冷静に保つ存在でもあります。尖った表現は、現場で『面白い!面白い!』となり、冷静な判断を受けず世に出てしまうことがあります。こんな時に限って『それ、炎上するんじゃ?』と思う社員さんがいても、周囲の『面白い!』という熱量に押され、何となく反対できなくなるものです。そんな中、我々は常に第三者として、データに基づいた冷静な意見をお伝えします」
またシエンプレは、炎上の常時監視も行う。佐々木氏いわく、この「常時」が大切なのだと言う。
「炎上対策は初動が大事です。メディアが記事にする前に原因究明し、自社に非があれば謝罪し、再発防止策を講じる。これが最も速く、効果的な『鎮火法』なのです」
さらに、場合によっては企業に深く入り込み、提言を行う場合がある。この人事制度ではいつか内部告発が起きかねない、商品に異物混入が起きた際にどのように対応すべきかマニュアルがない、といった問題をあぶりだし、事前に対処するのだ。
「現在は内部告発が当たり前の時代で、止めようがありません。また異物混入なども隠蔽は難しく、むしろ悪手になっています。最初は『こんなものが入っていたのですが』と連絡をくれたお客様が、担当者の保身的な対応や企業の隠蔽体質に怒りを覚え、画像をSNSで公開して大炎上、となる例も多いのです」

企業にも“自己否定”を行うべき瞬間はある。しかし人間と同様に自己否定は難しいのだ。それどころか、非常に優秀な人物すら、炎上の火の手を前にすると感情的になることが多い。佐々木氏が具体例を挙げる。
「労使関係で揉め、元社員が裁判を起こし、内容をSNSで公開、企業が炎上した例がありました。私が紹介を受け、社長と対話した時、彼はほぼ徹夜で訴えに反論する文書を書き上げ、私に『これを見てくれ』と言います。読んでみると、社長の言い分は充分に理解できるものだったのですが……同時に、これを公開したら“火に油”になるな、とも感じました」
その社長は、別の大企業を率いた経歴も持ち、メディアの取材や講演依頼もよく来る『プロ経営者』だった。それだけの経歴を持つ人物でもわからないのだ。いま直面している問題は「正しいか正しくないか」ではない。
「世間は圧倒的に『社長』より『社員』が多く、だからこそまずは『元社員がかわいそう』といった立場でものを見ます。あの会社は社員をいじめているらしい、私がよく行く店も大丈夫かしら? 経営陣は理不尽な人間たちではないのか、とお思いのはずです。
そこで、まずは世間を騒がせてお客様に不安な思いをさせていることをお詫びし、反省すべき点があれば反省し、しっかり『鎮火』した後『実際はこのような経緯で、当社は今、判断を司法に委ねています』といった発表をすべきなのです」
実は、社長や幹部が、部下に慕われ実績も積み上げた人物であるほど、部下は『社長、やめましょう』と進言ができない。オーナー企業も同様だ。
「一方、我々は、鎮火に向け最も合理的なシナリオを描きます。社員が言えないことを言うことも重要な仕事なのです」
炎上の芽を摘み取ることが社内改革に
面白い現象がある。ある小売店で、ネットにネガティブな投稿が上がったら即、店長に通知が行く仕組みをつくると、その店舗の売上が徐々に伸び始めたというのだ。
「店舗のクレーム、ネット上のクレームに、一貫した方針を元に素早く対応すると、不愉快な思いをしたはずのお客様が、逆に『神対応だ』と高評価を下さるのです。また店長がネット上の評判を意識するようになり、現場の対応力も向上、ネガティブな投稿が46.1%から6.7%へと劇的な減少を記録しました」
企業側にとっては認めたくないことかもしれないが、炎上は「社会正義の代弁」であることも多い。例えばビッグモーターは会社が身売り、ジャニーズはスポンサー離れと大きな損失をこうむったが、この企業がやったとされることが事実であれば、その退場は理にかなったものだった、とも言える。

「炎上の芽を摘み取っていくことは、イコール、お客様や従業員や取引先が喜んでくれる“いい会社”になることを意味するのです。パワハラやセクハラがなく、従業員がSNSの炎上事例を知っているからこそ『こんな対応じゃお客様も不愉快になるよな』と理解し、隠蔽に結びつく事故が起きないよう、事前に対策を考えておく。――本当の炎上対策は、これらを組織文化に根付かせることでもあるのです」
佐々木氏によれば、日本を代表する企業1000社のうち190社が同社のサービスを利用、その数は直近の3年間で3.7倍になったという。環境への投資、サステナビリティの実現、といった「攻め」も必要だが、社内から炎上事案をなくす「守り」も重要なのかもしれない。
取材/文・夏目幸明
