“東海道五十三次の真ん中の街”が目指す「手作りスタートアップ支援」――静岡県袋井市、大場規之市長に聞く

静岡県掛川市と磐田市に挟まれた人口8万8000人の街、袋井市。平野部には水田が、山地には茶畑が広がり、沿岸部には釣り人やサーファーが集う。そんな“よくある街”の市長がスタートアップを育てようと奮闘している。その姿は東京や大阪のビジネスインキュベーションに比べ、「思い」や「体温」が伝わってくるものだった。推進役をつとめる大場規之市長に話を聞いた。

『FUKUROI BiZCON-CROWN 2025』の様子。前列右から4人目の人物が袋井市長・大場規之氏
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“突出した特徴がない街”だからこそできること

 静岡県はテストマーケティングの設定地域として選ばれることが多い地域だ。年齢別人口の構成比率が全国の平均に近く、物価も、職業の構成比率も平均的、だから静岡県で売れるものは全国でも売れる、というわけだ。

 大場規之市長によれば、中でも袋井は平均の「真ん中の街」なのだという。

「産業は一次、二次、三次産業がバランスよく揃っていて、人口も全国の市のなかでちょうど平均程度、地理的にも東海道五十三次の真ん中……東京から数えても京都から数えても27番目にあたるんですよ」

 大場氏が市長に当選し、袋井市のかじ取りを任されたのは2021年の事。氏はこの街に大きな可能性があると気づいていた。

「私たちの街は、名古屋や大阪のように、スタートアップ向けのコワーキングスペースを作ればすぐ数百社申し込みがある、という地域ではありません。しかし、“標準的な街”という得難い特徴があるんです。袋井市の課題を解決すれば、全国の様々な街で横展開できるんですよ」

 “袋井の悩み”は“全国の悩み”なのだ。例えば袋井市はクラウンメロンの産地で、イチゴの生産量も伸びている。すなわち地域の農業は時代に合わせ『儲かる農業』へのトランスフォーメーションが進みつつあるのだ。しかし課題もある。

「農業者の高齢化が進んでいるのですが、ノウハウの継承に不安があります。今は昔ながらの『若手は目で見て盗め』とか『経験を積んで会得せよ』といった時代ではありません。例えば技術を映像にするとか、勘と経験の部分を数値化するなどして、効率的に伝えていくことが重要となるでしょう」

 見事に、日本の農業が抱える悩みとシンクロしている。だからこそ……。

「こういった部分で起業する人がいたら、我々は実証実験を含め、伴走します。そして、実際に効率的な技術の承継ができるようになったら、事業を全国に横展開していけばいいんです」

 技術力があっても信用や人との繋がりがなく、知見を活かせずにいる企業は多い。何らかのソリューションがあっても、自治体やその関係者にコンタクトを取り、実証実験を行うことがどれだけ難しいかは、新規事業に関わったことがあれば想像に難くないはずだ。そんななか「市のお墨付き」がどれだけ有難いことか。大場市長が話を続ける。

「農業だけでなく、工業分野でも同じことができます。袋井市の製造品出荷額等は約7500億円、磐田のヤマハ発動機さんのような世界的メーカーの本社はありませんが、大企業を支える中小企業がたくさんある街なんです」

 ここで、例えば工場のDXを進めるスタートアップが生まれれば、全国に「それ、うちでも使いたい」という地域は数多くあるに違いないのだ。

ビジネスコンテストを開催、世界を変えるため、地元を変える!

 大場規之市長は慶應義塾大学理工学部を卒業したあと、堀場製作所へ入社し欧州でも勤務。その後、留学事業を手がける和田塾(現・ライトハウスエデュケーション)に転職し、取締役を経て代表取締役に就任。ビジネスパーソンとしての経験も長く、かつ教育者として若者の育成を行ってきた、更に30代で静岡県議会議員も努めるなど、政界でも珍しいキャリアを持つ人物だ。

 中でも経済への思いは強い。

「行政はもちろん、福祉や教育など様々な分野で、誰一人取り残さないよう事業を進めていくよう求められます。非常に大切なことです。しかし、地域が経済的に潤ってこそ、福祉や教育に力を入れることができるのです」

 そんな考えを訴え、産業活性化を公約に掲げ当選した大場氏だけに「これに応えることが市民の皆様との約束」と力を込める。そんな中、大場氏は工場の進出用地の確保を行うなど、企業誘致・産業誘導に取り組んだが……彼はそれに満足しなかった。

「多くの自治体が行っている経済の活性化だけでは、いわゆる“横並び”になってしまいます。地域の独自性や、その地域だからこそのメリットを活かしたかったのです」

 そんな中、大場氏はコワーキングスペースをつくり、さらに2025年3月15日にはビジネスコンテスト「FUKUROI BiZCON-CROWN 2025」を開催した。ピッチコンテストに出場する10名のファイナリストには1ヶ月間の伴走支援を行い、起業経験や多くのスタートアップを支援してきたメンターが出場者のビジネスモデルをブラッシュアップしていく。これにより、若手起業家の事業を紹介し、袋井からの新事業創出を狙うものだ。

 するとここに、地元の起業家たちが我も我もと集まってきた。

 例えば、静岡茶の新たな市場を開拓すべく、伝統的な『晩茶』の製法を洗練させたチームがあった。『晩茶』は茶葉を乳酸菌発酵させるもので、このチームは発酵により生まれる二酸化炭素をあえて残し、これまでの一般的なお茶の業界の概念にはない『スパークリングティー』とした。

 ほかにも、現地法人の設立や現地の銀行口座の開設をせず英国市場での事業展開を可能にするOmiisayという企業もあった。「販路確保の難しさ」「海外市場の需要への理解不足」「現地でのコミュニケーション不安」「法規制や商慣習への不明確さ」といった海外進出の難しい部分を解決し、中小企業の海外展開を支援する。こちらも袋井のような街の活性化につながる事業だ。

『FUKUROI BiZCON-CROWN 2025』の様子。

「大都市がユニコーン企業(評価額が10億ドルを超えるスタートアップ企業)を創出していくのもよいでしょう。しかしスタートアップがみんなユニコーンを目指すべき、ということではないはずです。地域を支えるエンジンをつくりたい、地域の経済社会を支えるインフラを創りたい、といった方たちと自治体が伴走していけば、それが日本経済を支えるものに変わって行くはずなんです」

 東京や大阪の、様々なスタートアップが集まる環境も素晴らしいが、地元への愛情で繋がる連帯の中に飛び込み、近所の気のいい農家のオジサンの悩み事を解決したい、といった感覚で事業を育てていくのもひとつの「スタートアップ」の姿なのだろう。

企業だけでなく、人を育てるため「できることはみんなやる」

 

袋井市長・大場規之氏

 大場氏にはもう一つ、特徴的なことがある。政治家であるとともに、今も「教育者」の感覚を持っているのだ。FUKUROI BiZCON-CROWNでは、広く学生のアイデアも募集した。そこで集まったのが、例えば「田舎体験を求める人と地元の人がつながるコミュニティを創出し、新しい観光、街の実現を目指す」といった様々なアイデアだった。大場市長が話す。

「私は、人も企業も、そのポテンシャルを活かしきれていない場合が多いと思うんです。私はプレーヤーに『自分たちはもっとできる!』と思い、背伸びしてもらうことも重要な支援のひとつだと考えています。コワーキングスペースを創ったのも“BiZCON”を開催したのも、そのきっかけづくり、という側面があります」

 ビジネスパーソンであり、同時に教育者でもあった大場氏ならではの言葉だった。

 なお、取材終了後、大場市長から筆者にメールがきた。内容は「袋井の老舗の企業がこういう課題を持っているのですが、解決の手段を知りませんか?」といったものだった。自治体の長が世話役のような仕事をしているのだ。こんな規模感、手作り感こそが、袋井市の魅力なのだろう。最後に、取材で聞いた、大場氏の素敵な言葉を紹介したい。

「私、できることがあれば、みんなやりますよ」

 「東海道どまんなか市」の挑戦は始まったばかりだ。

(取材/文 夏目幸明)

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