YouTubeやTikTokに市場を占拠され、動画プラットフォームではおくれをとる日本。しかし動画制作のDXで実績を残し、世界を目指す企業がある。それが『TORIHADA』だ。彼らが見据える未来は、編集の技術や動画に関する知識がない人もクリエイターになれる世界、本当に価値があるコンテンツがVIEW数を獲得する世界だった。若井映亮社長社長に話を聞いた。
やってくる?「1億総クリエイター時代」
スマホで動画を撮影したら、自動で多言語に翻訳され字幕が付く、そんな未来やってきたらどうだろう? 例えば和食のシェフが全世界を相手に磨かれた技を見せるかもしれない。海外の人気クリエイターの作品も楽しめるかもしれない。きっと動画から国境がなくなる。「TORIHADA」の若井映亮社長が話す。
「私たちは動画のDXで『1億総クリエイター時代』を実現しようとしています。
近年『誰でも発信者になれる』とか『クリエイティブの民主化が進む』と言われてきましたが、実はまだハードルが高いんです。本当は価値が高い知識や経験をお持ちでも、動画を届けるまでには様々な手間がかかります」
最近の動画は、発言の合間の「あー、えー」といった無駄な部分を削除するのが常識。視聴者がタイムスライダーを動かして興味を感じる部分を見つけやすいように字幕を付ける場合も多い。動画を撮影・編集しても、これをInstagramリール、やYouTubeショート、TikTok、それぞれに上げるだけで時間がかかる。「スマホで撮影するだけでしょ?」といった感覚では通用しないのだ。
「我々はそんな手間をDXで軽減していきます。これが進めば動画が変わります。価値がある情報を持っていても、上手に編集できない、編集に手間がかかりすぎる、といった理由で動画を上げられない方が多かったはずなんです。これらの人がみんな、動画制作者になれます。
また、今は動画を上手に編集できる方やSNSでの拡散が上手な方が人気になる傾向がありますが、編集やアップロードが自動化されれば、本当に価値がある情報、面白い動画をつくる方が人気になっていくのではないでしょうか」

慶應義塾大学卒業後、2013年サイバーエージェントに入社、2017年10月にTORIHADAをTORIHADAを共同創業した。
クリエイターがスマホ操作だけでグッズを販売できる
TORIHADAは「イマ風」の会社だ。渋谷のオフィスには自然光や植物が上手に組み込まれており、フリースペースでは平均年齢29歳という若い社員たちが自由な服装でキーボードを叩いたり真剣に話し合ったりしている。社員数は約150名(2025年4月時点)、新人でも入社後1年でチームリーダーになれるなど早い段階でキャリアを積めるため、大学生の就職活動でも人気が高い。
現在のキャッシュエンジンは、平たく言えば“ショート動画に特化した広告代理業と事務所業”だ。子会社のPPP STUDIOに約3000組(2025年4月時点)のインフルエンサーを抱え、企業に「こんなショート動画を作ってみませんか?」と提案を行う。また、例えばYouTubeで人気のクリエイターがいたら提携を結び、そのコンテンツをTikTokやInstagramなど別のプラットホームで展開、収益を最大化する事業も行う。売上高は約30億円で、約6割がこれらの事業の売上だ。
そんな中、注目すべきは、TORIHADAが約10億円もの資金調達を行ったことだ。引受先には、ジャフコグループ、DGりそなベンチャーズ1号投資事業有限責任組合、みずほキャピタルなど錚々たる企業が並ぶ。そこにはどのような狙いがあるのか?
「この資金を使い、インフルエンサーに使ってもらえるサービスの自社開発を行います。
もし動画の重要でない部分をAIが自動でカットしてくれたら便利ですよね。編集ソフトが使えなくても見やすい動画が作れるなら、何かの講師や技術を持った人が若い人にノウハウを伝えやすくなるかもしれません。また、動画クリエイターは価値ある作品を世に出しても、マネタイズができず、作品づくりをやめてしまう場合があります。当社は既にこの問題の解決に動いていて、2024年に立ち上げたサイト『FANME』を使っていただければ、どなたでも、今より簡単にマネタイズできるようになります」

マネタイズにはおもに2つの方法がある。1つは企業とタイアップして収入を得るもの。これは既にTORIHADAを含め多くのプレイヤーが存在する。もう1つはファンマネタイズ=ファンからお金をもらうことだ。例えば昭和の頃、人気アイドルや俳優はレコードやCDを出し、コンサートを行うことでファンから売上を得ていた。しかし誰もがネットを使う時代がくると、コンテンツはYouTube等でほぼ無料で消費されるものになってきた。そこで大手事務所に所属する有名人は、例えば有料のファンコミュニティを立ち上げたり、グッズを販売するなどしてマネタイズを行ってきたが、個人には荷が重い。
FANMEはこれを助ける。例えばスマホの操作だけでクリエイターの特別な写真や動画やグッズをファンに販売でき、商品を数量限定販売にするなど様々な機能もある。
「例えばクリエイターの写真が印刷されたクリアファイルであれば、ファンから注文が入ったら印刷し、発送することで在庫リスクをとらずに収益を上げられます。ほか、携帯電話やパソコンの待ち受け画面や、着信音、アラーム音なども売ることができ、今後、販売可能な商品を拡大していこうと思っています。もちろん、クリエイターはお金の振込や発送などの雑務を行う必要もありません」
ランキングイベントも行われており、ファンは「この人、人気あるのか」と新たなクリエイターと出会ったり、「推し」を応援したりすることもできる。確かに、これらの支援によりクリエイターは自分の作品の制作に集中できるに違いない。
動画の『インフラ整備』を進める意味とは?
こういったアイデアはどこから湧いてくるのか。TORIHADAのビジネスは、そのアイデアが尽きたら停滞するような気もするが? 若井社長が話す。
「当社には様々なクリエイターが所属しています。この方たちとコミュニケーションをとることで、今、動画制作者が必要としていることがわかります。新機能をリリースする時も、クリエイターの皆さんに試してもらい、議論を重ねた上で実装することができます。機能を創る側と使う側が一体化しているから、継続的な成長が可能なのです」
彼が印象的な言葉を口にした。
「動画に関しては、本当にインフラ整備が進んでいません。FANMEだけでなく、これからもまだまだやるべきことが山ほどあるんです」
ここで少しだけ、出版業界の歴史を振り返らせてほしい。この業界が成立する時、様々な仕組みやルールが生まれた。例えばある書籍が名古屋で売れ、東京では売れなかったとしよう。すると「出版取次」と呼ばれる企業が、この本を東京の書店から徐々に引き上げ、名古屋の書店に運んでいく。あまり知られていないが合理的な仕組みだ。他にも、印税、著作権など様々なルールが定められ、これにより著者が執筆に専念でき、コンテンツが読者に届くエコシステムができあがった。
しかし動画には、まだそれがない。TORIHADAはそこを創ろうとしているのだ。若井が話す。
「まさにその通りで、出資頂いた資金もそこに投じます。
例えば個人がクリエイターとして認められても、金融的な信頼評価に加算されません。仮に世界的なYouTuberの動画編集を担当していても、住宅ローンを組もうとすると『難しい』と言われてしまうのです。将来は金融機関と提携を結び、SNSのフォロワー数などが評価されるローンもつくっていきたいですよね。ほか、アンチコメントや中傷も、個人のクリエイターでは対応しきれないことがあります。これらも個人の負担が少ない形で対応していけるようにしないといけません」

全社でTORIHADAの未来について語り、共有し合うという。
最後に、何か話し足りないことを聞くと、彼は自社の理念について伝えたいと言った。社外には出していないという冊子を特別に見せてもらうと、そこには「ルールを守るか、自分で変える」「(多数決より)覚悟を決めた本気の当事者が決める」といった気合の入った文章が並んでいた。
彼らの本当の強みは、この文章の向こう側に見える『動画の業態を、創る側も受け取る側もみんなが幸福になる業態にする』という覚悟なのだろう。そして、TORIHADAへ出資した引受先も、長期間にわたって伸びるのはこういう『ルールをつくる企業』であることを知っているはずだ。
TORIHADAは今後も、資金調達をシリーズB、シリーズCと進めていくことになるだろう。将来は日本発のプラットフォーマーになってくれるまで成長してほしい、そんな企業だ。