Oshicoco(おしここ)――Z世代「推し活女子」のパワーをインストール

若い女性が、アイドルや声優やスポーツ選手を「推し」に行く。バッグには好きな人物の缶バッジがところ狭しとついていて、自作のうちわまで……。街や電車で彼女たちに遭遇し「このパワーをマーケティングにも活かせないか」と思った経験はないだろうか?Oshicoco(おしここ)は、そんな思いを叶える会社だ。

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何もなかったスペースから数百万円の売上が

 大阪の「梅田スカイビル」の空中庭園展望台。地上172mから関西をぐるっと360度見渡せる絶景スポットの一角に、ぬいぐるみが座る小さなソファや、「映え」そうなケーキスタンド、ハート形の鍵などがこれでもかと並ぶスペースができた(写真)。ぬいぐるみや推しグッズを持っていけば、これらの可愛いアイテムと共に写真が撮れる。物販スペースもあり、推しの名前を入れたキーホルダーや、巨大な推しグッズを作れるひらがなのシールを買うこともできる。

 その結果は……。

2024年6月から行われた梅田スカイビル・空中庭園展望台×Oshicocoコラボ第4弾の様子とその商品

 驚くなかれ、わずか5坪のスペースで、初月から数百万円もの売上があがった。ここに来るため、わざわざ地方から「遠征」してきた人もいた。展望台の入場料金は2000円だから、この売上も加味すれば、とんでもないことが起きたと言っていい。

 筆者はオジサンだから、このキラキラの何かを愛でる感性は備わっていない。だが、私の「推し」であるプロ野球・オリックスバファローズに翻訳したら合点がいった。私が本拠地・京セラドームの「ガチャ」で当てた選手の顔入りグッズを使って、何かカッコイイ背景とともに自分だけの1枚が撮れたら、同好の士に自慢するかもしれない。

 仕掛けたのはOshicoco(おしここ)の多田夏帆社長。これらのグッズを製造・販売するだけでなく、インスタグラムに推し活に関する自社メディアを持ち、スカイビルとのコラボのように、企業活動と、女性の「推し活」の熱量を繋ぐコンサルティングも行っている。彼女が話す。

「推し活への熱量は、もっと様々な企業に活用していただけるはずです。今までも、例えばファッションセンターしまむらさんとコラボして(イベントへの)“参戦服”をつくったり、スマホの画像をシールにできるキャノンさんのミニフォトプリンターを推し活中の皆さんに紹介したり……。まだ話せないのですが、大手の金融機関さんからも提案を求められています」

 このキラキラした雰囲気と金融商品はマッチするのだろうか? と思ったが、野球にも阪神タイガースが優勝すると金利がUPする類の金融商品があるではないか。多田氏によれば、推し活はお金がかかるから、むしろ金融商品は相性抜群なのだとか。

 ではなぜ、推し活の熱量を活用する企業が少なかったのか? オジサン向けの商品は、オジサンが企画できるが、Z世代の女性はまだ企業で商品の企画・開発まで任されることが少ない。だから「推し活」はマーケティングに活用しにくく、ここを埋めるのが「Oshicoco」というわけだ。

Oshicocoの面々。右から3人目が多田氏。

「推し活女子」を推して共感を得る!

 多田氏は1998年に東京で生まれた。子供の頃から何かを応援するのが好きで、小学校6年間、チアリーダーのクラブで活動した。

「もちろんアイドルやアニメも好きでしたし、小学校高学年の頃からは戦国武将や新選組が好きになって、中学生になると一人で新選組隊士のお墓参りに行ったりしていました。

 ただその頃から、楽しいと感じることが周囲と少しずれている、と感じることもありました。何かを好きになると、どうしてももっと知りたくなるんです。例えばロックにハマると、そのバンドが影響を受けた別のバンドも聞くようになって、次にそのバンドが影響を受けた音楽を聞きはじめて、ついにはゴスペルや黒人音楽に行きつくとか」

 実をいうと物書きに向いているのは、こういう「わざわざ深みにハマりに行く人物」、イマ風に言えば「沼りに行く人」だ。彼女は中学時代から自然と日本の城郭やUKロックについても発信するようになり、大学進学後はライターになった。しかも、女性向けWebメディア「MERY」でコスメの記事を量産すると、年間PV数1位を獲得するトップライターになった。「これがお肌にいい」といった軽い内容でなく、「市販のつけまつげを改造して一番盛れるメイクにするには?」といったマニアックな内容だった。

 記事を書くうち、同世代が抱える問題に気づき始めた。

「コンプレックスを解消するための記事がよく読まれたんです。例えば『顔を小さく見せる』『着やせする』『目を大きく見せる』とか。私の同世代は、自己肯定感が低く、自信が持てない人も多いのかも? と感じました」

 彼女は先に「楽しいと感じることが少し周囲とずれている」と言った。しかし彼女のマニアックな部分が彼女をトップライターに押し上げたのだから、それは自分にしかない優位性でもあったはずだ。しかし多田氏は「ずれ」という負の言葉で表現した。もしかしたら彼女自身、友達から幾度となく「何でそんなのが好きなの?」と言われ、若干悩みつつ、「いや、これが私なんだ」と自分を肯定していったのかもしれない。多田氏が話す。

「何か好きなことがあっても『そんなことより勉強や仕事の方が大事』といった社会の固定観念に影響を受け、夢中になれず、自己肯定感が下がっている部分があるとしたら、私は違うと思うんです。
 『推し』があるって素敵なことだと思います。何かに熱中するうちに同じ趣味の友達と繋がったり、推しの姿から勇気をもらったり。何かを学ぶきっかけになったり。それって、人間がより楽しく、精神的にも豊かに暮らすために必要なことなんじゃないかと思うんです」

 彼女は、同世代の中でも、自分と同じように「推し」にドはまりする女性たちのために何かできないか、と考えるようになった。それがOshicocoの原点となった。起業し、仲間を集め、インスタグラムに彼女が知る限り国内初・世界初となる、推し活中の人を対象にしたメディアを立ち上げ、商品開発も始めた。

インスタグラム上にある「推し活応援メディア」。https://www.instagram.com/oshikatsu_media/

「最初の商品はシールでした。推し活をする上で、推しの名前を大書するうちわやボードって欠かせないのですが、画用紙を切り抜くのって手間も時間もかかるんです。そこで、シールをつくってくれる印刷会社を知人に紹介してもらい『こんな創業間もない会社の依頼も信用してもらえるのだろうか?』とドキドキしながら企画書を持って訪ねました」

 当時、彼女は23歳。この行動力のどこかに、ハマると何でも調べ、時に遠征する、小中学生の頃の姿が重なる。ようするに、何かをすごく好きになる経験は、決してその人を裏切らないのだろう。

マルイが注目、イベント初日の朝――

うちわ文字シール。https://oshicoco.co.jp/

 印刷会社の人は「BtoCの仕事も増やしたかったんですよ」と快く彼女たちの依頼を引き受けてくれた。こうして誕生した「うちわ文字シール」は推し活界隈で話題になった。実は筆者ですら幾度も野球場で見たことがある。彼女たちは徐々にトレカケース(推しのカードを入れるケース)、痛バッグ(推しの缶バッジをたくさんつけて持ち歩くためのトートバッグ)など商品点数を増やし、SNSのフォロワーも数万人に達すると、2022年、なんとあのマルイから「イベントスペースに出店してみないか」とお声がかかった。

 湧きあがった彼女たちだが、当時はまだスペースを埋めるほど多くの商品がなかった。仲間と「このメーカーのアクリルグッズがいい、このアパレルブランドのお洋服は推し活する人に人気が出そう」と商品を仕入れた。同時に、契約、会計、レジの設置など慣れない仕事が続き、多田は毎晩、ダッシュで終電に乗って帰宅する日が続いた。

「インフルエンサーにも来場を依頼しました。人が集まるか怖かったんです。私たちもマルイさんもはじめての試みだったので……」

 会期の前日は真夏の暑い日だった。父の車を使い、弟まで手伝いに駆り出し、ふーふー汗をかきながら搬入作業を行った。すべて完了し、短い睡眠をとり、当日朝、期待も不安も感じながら新宿に行くと、彼女の前には、想像できなかった景色が広がっていた。

「1日目の朝から長蛇の行列ができていました。SNSのフォロワーさんたちが来てくれたんです。開店後も『飛ぶように売れる』とはこのことかと思うほどの賑わいで、レジが間に合わない、商品が足りない……。対応しながら『この事業はいける。しかも、私たちにしかできないことをやっている』と感じました」

推し活は新しい『文化』。もっと企業活動とコラボしたい

 有名人の応援自体は、過去の世代にもあった。戦国から江戸時代にかけては歌舞伎役者や力士や芸者が推され、メディアの誕生以降は吉永小百合さんや長嶋茂雄さんが国民的スターになった。同じ推しを持つ者同士は熱く語り合ったりするし、推しの写真やグッズはお守りのようなもので、肌身離さず身に着けていたい。

 普遍的なものだ。むしろ、平凡と言ってもいいだろう。

 だが「推し方」には世代の壁がある。特にZ世代の「推し」は特徴的だ。彼/彼女らは、生まれた時からネットやSNSがあるネットネイティブ世代。テレビは遠くの大スターしか生まないが、ネットは局地的で身近なスターを生んだ。YouTuber、地下アイドル、声優……。「推し」は時に「○○さんまた来てくれたの?」と声をかけてくれるくらい近い存在だから、その名前を大書したうちわを持っていけば、私が来たことに気づいてくれるかもしれない。コミュニティも濃密で、同じ推しを持つ者同士は親友のように盛り上がり、推しのニュースはすごいスピードで拡散・共有される。グループの場合、彼は黄色、彼は赤とカラーを持ち、推し活にハマると、インテリアまで推しの色に染め上げる。

 この感覚、距離感は、ネットネイティブ世代以降の独特のものだろう。多田氏は言う。ようするに――。

「推し活は新しい『文化』なんです」

 その後、Oshicocoには出版社や芸能事務所、IPの管理会社などから声がかかり、彼女たちは推し活中の女性が欲しくなるグッズ開発のコンサルティングなど新業務を始めた。それがスカイビルのイベントにも結び付いた。その後、電機メーカー、金融機関、さらには保険会社など、様々な企業が彼女たちの意見を求めた。多田氏が話す。

「既存の企業に「推し」の感覚があれば、きっと今とは別の展開ができると思います。例えば芸能関係の方たちも、魅力的なタレントの発掘し、プロモーションする力は圧倒的なのですが、グッズを見ると意外と推し活女子の気持ちまでもう少し! みたいなことが多いんです。メディアやSNSを立ち上げたはいいものの、推しの気持ちに寄り添うために何をしたらいいかわからない、といったこともあります。これから、何かプロジェクトを始める時に『何かZ世代の推し活と結び付けられないかな』と考えたらご連絡いただきたいですね」

 【MERY Z世代研究所 推し活調査】によれば、Z世代の6割以上が「推し」経験済み、【日本インフォメーション調査】によれば、消費の優先順位は食費に続くという。一度、彼女たちに意見を求めてみては――?

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