「ヤックル」――リモートの保険診療で健康経営と医療費削減に挑む

写真中央が代表取締役の布川佳央氏、右が営業を担当する共同創業取締役の牛嶋洋之氏、左がマーケ全般を担当する山本大輔氏。

糖尿病、高血圧症、脂質異常症等の慢性疾患の患者が、病院に行かずLINEで保険診療を受けられ、薬局にも行かず薬が自宅に届く「ヤックル」。合理的なオンライン診療システムは社会に何をもたらすのか? 逆に、なぜ今までこれがなかったのか?

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通院が難しい高齢者や忙しい会社員が布川氏を励ました

 北海道南部・伊達市、人口は約3万人で、1年あたり約500人のペースで減少している。玄関口である伊達紋別駅に停車する列車は1時間に1本程度。布川佳央社長は、ここに住むおばあちゃんに話を聞いた時のことが忘れられない。

「ヤックルを利用し診療を受けた後の患者さんに『アンケートにご協力くださいませんか?』とお話を伺っていた時のことです。その方は80代というご年齢の割に、声が大きく元気な方だったんですが……」

 おばあちゃん、本当はずっと心細い思いをしていたという。慢性疾患の薬は手放せないが、病院まで自分の軽自動車で1時間かかる。今はまだ運転できるけど、いつ通院できなくなるかわからないし、最近は雪道が怖くなってきた……。

「そんな中、ネットで見つけた『ヤックル』を利用して救われたと仰るんです。

 ほかにも、足が悪いのに路線バスが廃止され、通院ができなくなったおじいちゃんもいましたし、会社員の方に『忙しくて慢性疾患をずっと放置してたけどこれなら続けられる』と喜んで頂けたり……。アンケートをとると、私が逆に『がんばってください』と励まされることさえありました」

遠隔診療で医療費削減、企業にも好影響が

 ヤックルはLINEを利用したオンライン診療サービスだ。近年、多くのプレーヤーがオンライン診療事業を始めているが、ヤックルには複数の特徴がある。1つ目は、糖尿病、高血圧症、脂質異常症、高尿酸血症の4つの慢性疾患に特化した「保険」診療を行っていること。2つ目は患者が望めば、薬局不要で直接自宅に薬が届くこと、3つ目は健康経営を実施したい企業向けのサービス『ヤックルforBIZ』を持つことだ。布川社長が1つ目の特徴から説明する。

「慢性疾患の保険診療に絞ったのは、大きな需要が見込め、かつ遠隔診療に向いていると考えたからです。患者さんはほとんどの場合“いつもの薬”が欲しいはず。なのに今までは、休みをとって病院に行き、診察を待って、処方箋をもらって薬局に行き、また待つ必要がありました。これを、LINEで医師と話し、自宅に薬が届くように変えればインパクトが大きいと思ったんです」

 実際、患者へのヒアリングで興味深いデータが出た。「ヤックルを知る前は通院していなかった」という声が半数近くに及んだのだ。すなわち「まだ軽度」「急性の症状はない」と通院していなかった患者が、「オンライン診療ならラクに薬が手に入る」と知ってヤックルを試したことがわかる。

「企業にとっても国にとってもポジティブな影響があります。慢性疾患は軽度であれば自覚症状もありませんが、重症化すると、人工透析が必要になったり、心臓や脳などの死を招く病気に繋がり、医療費も大きく圧迫します。しかも患者さんが働けなくなれば、企業は戦力ダウン、国や自治体も税収を失います。何より、ご本人が辛い。でもヤックルのように利便性が高ければ、多くの方が軽症のうちに治療を始め、続けてくれます

ヤックルを利用する患者は治療継続率が断然高い。10数年経過すれば、治療開始後の平均余命などに大きな差が出るはずだ。

処方箋でなく薬が届く利便性は、マネがしにくい「参入障壁」

 疑問もある。なぜ今まで大資本を持つ企業や病院がこれを始めなかったのか? 実はそれが、2番目の特徴、「患者が望めば自宅に直接薬が届く」ことと関連がある。

 詳しく解説したい。平成初期まで、薬は病院でもらう場合が多かった。これが「院内処方」。しかし1997年からは、医師が処方箋を書き、薬は薬局で受け取る「院外処方」が多くなった。この変化は、国の制度変更により生じたものだ。国は薬価を抑えるため、薬自体にはほとんど利益を乗せられないようにした。しかし単に利益が出ないのでは医療関係者の反発を招く。そこで国は、医師が処方箋を書いた際に利益が出るようにした。

 この制度だと、病院は院外処方を選択したほうが経営が有利になる。医師は処方箋を書くことに対して報酬がもらえるのだから、薬の仕入れや在庫管理は薬局に任せればよい。これなら、処方ミスのリスクだって負わなくて済む。

 しかし布川氏は別の選択をした。

「それでも私たちはあえて院内処方を選択したんです。患者さんにとっては、診察後、手元に処方箋が届くより、お薬が届くほうが便利ですよね」

 そして、ここがヤックルの最大の特徴にもなっている。薬の仕入れや管理などの手間をかけ、リスクも負わなければ、院内処方にはできない。だからこそこの部分が参入障壁のようになっているのだ。

ここで筆者がヤックルの使い方を解説。LINEが使えるデバイスで、https://yakkle.jp/ を開く(画像1)。次にページ下部に表示される「LINEの友だち追加」を開く(画像2)。表示に従ってヤックルと「友だち」になったら、画像3のリンクから問診票を記入(画像4)、その後は待ち時間を確認し診察を待つだけ。診療は18~22時、しかもまさかの年中無休。予約制でなく自分の順番を待つスタイルなのは、診察が早く終わる場合もあるからなのだとか。

月々数万円、役員も喜ぶ「健康経営の伴走者」

 そして第3の特徴は、企業が健康経営を実施するためのサービス『ヤックルforBIZ』にある。彼らには問題意識があった。

「例えば地方都市に本社がある企業では、慢性疾患を持つ社員さんが『近くに病院が少ない』『予約が取り辛い』『休みをとってまで薬をもらいに行けない』と病状を放置し、結果、重症化して戦力ダウンになる例が少なくないのです。都市部でも、タクシーやトラックのドライバーさんやメーカーの工員さんは、夜勤などで生活が不規則になりがちだからか、やはり慢性疾患を放置する割合が高いようです」

 そこで、健康経営の要となる受診勧奨を強力に支援する『ヤックルforBIZ』を始めた。現在は、経済産業省と東京証券取引所が連携し、健康経営に優れた企業を「健康経営銘柄」に選定、さらに日本健康会議が健康経営を実践する法人を「ホワイト500」に認定する時代でもある。従業員の健康管理に注力することが経済合理性を持つのだ。そして、これが当たりつつある。

「企業規模によりますが、月々わずか数万円で、社員さんの初診料が無料になり、社員研修に必要な映像や、喫煙室に置くチラシを用意し、これらの受診勧奨でどれだけの効果があったかフィードバックも行います。これにより、企業は社員のQOLを上げ、戦力ダウンを防ぎ、対外的に『当社はこんな活動を通し健康経営を実施しています』とアピールできるようになります。大きいですよね。実際、営業に行くと、持病を持つ社長、会長、役員の方が『え? 高血圧の薬、自宅に届けてもらえるの?』と驚いてくれますし、診療が年中無休夜22時までと聞くと、皆さん、前のめりになって下さいます」

専用の箱で、最短、診療の翌日には薬が届く。

銀行が法人向け営業のドアノックサービスに?

 ここで筆者は布川氏に聞いた。この事業、どこかで「世直し」なのではないだろうか?

「世直しはおこがましいのですが(笑)、合理的な仕組みを再構築したい、という思いはあります。私は無駄・無理が嫌いで、みんなを快適にするシステムが作れると“面白い!”と感じるんです。前職はセキュリティシステムのコンサルタントを務めていましたが、それも同じでした」

 医療業界で事業を始めた理由も、彼の中にあった。両親も妹も医療従事者で、なかでも父は『赤ひげ先生』のような歯科医師だった。患者のため、時には利益を度外視した治療もするから、医院はいつも満員、引退した時には置く場所がなくなるほどのお花やお菓子が届いた。布川氏は「この生き方、いいな」と感じつつ育ち、就職し、自身が父になった。

 そして、子供の顔を見ている時、不安に襲われた。逆にこの子が大人になる頃には、心のこもった医療どころか、日本の医療制度が破綻しているのでは? と思ったのだ。

 何とかできないかと思いつつ働く中、オンライン診療という手があることを知った。コロナ禍で注目も浴びたが、ダイエットやAGAなどの保険外診療(医療保険制度を用いない診療)ならともかく、保険診療では収益性等が課題となり普及が進まなかった。システム構築が得意な自分なら何とかできるのでは……? 働きながら、夜中に医療制度を調べ続けると、徐々にヤックルの構想が固まってきた。

 純な思いは人を動かす。次第に牛嶋氏や現状に危機感を持つ医師など、心強い仲間が集まり始めた。起業時には、マンションを即金で買うべく長年貯めた貯金をはたいて資金ににした。妻は最初こそ不安も漏らしたが、布川氏の真摯な思いを聞くにつれ応援すると決めてくれた。2023年12月にサービス開始。すると意外な企業が次々と味方になってくれた。

「銀行さんです。例えば大垣共立銀行さんは、口座を持ってる法人さんに『健康経営優良法人認定をとりませんか?』と働きかけ、成功したら若干の報酬をいただく形で地元の企業の応援しています。その価値を高めるため、ヤックルもセットでご案内いただいているんです。また、法人向け営業のドアノックサービスとしても使いやすいようで、きらぼし銀行さんなど様々な銀行さんが当社と業務連携を結んでくれました」

ヤックルのLINEの画面。写真は実際のスタッフの皆さん

保険適用の遠隔診療は0.036%、絶望的な数字は「市場の空白」か

 目先の利益にとらわれず、顧客、ユーザーの共感を集める。損なようだが、これが起業の王道なのかもしれない。最後、布川氏に事業の将来を聞いた。競合などに不安はないのだろうか?

「今のところありません。最近は、DMMさんなどの大手がオンライン診療に参入されていますが、これはウエルカムなんです。当社が注力する分野とは異なりますし、どこかでオンライン診療を体験し『便利だな』と思う方が増えれば、オンライン診療へのハードルが下がります。今後は『生活習慣病のオンライン保険診療はヤックル』というポジションの確保に力を入れたいですね」

 様々な自宅検査も可能にしつつある。例えば血液検査キットのメーカーと提携し、患者宅に指先で採血できる血液検査キットの販売も始めた。尿検査も同じ要領で可能にする予定、海外の動きも追いかけ、さらに多くの検査を患者の自宅で可能にすべく奔走中だ。加えて、布川氏はヤックルには別の価値もあると言う。

「いまや47兆円と言われる医療費ですが、中でも慢性疾患を放置して重症化させてしまった方の入院・手術費が多くを占めます。『ヤックル』で早期に治療を開始すれば、健康寿命の延伸、ひいては医療費の削減まで繋げられるはずですよ」

 布川氏の声はいつしか、取材を超え、夢を語る若者のように活き活きしていた。

「将来は治療だけなく、情報発信や患者さん同士の相互コミュニケーションなど、慢性疾患重症化予防に繋がる様々なアクションを取り入れたいと考えています。一人で治療を継続するのは大変ですが、コミュニティがあれば続けやすい環境を届けられるはずです。また情報メディアとしての価値も生まれるでしょう。例えば“糖尿病の患者さんだけのコミュニティやメディア”って、なかなかないですよね」

 現在、保険適用の医療が遠隔診療で行われる割合はわずか0.036%。海外では30%、50%という数字が並ぶ中、日本では“ない”も同然の状況だ。

 だが布川氏にとっては「0.036%」という数字が、市場の巨大な空白に見えているはずだ。

上のグラフは診察までの待ち時間(厚労省調べ、外来患者のみ)。予約をしても患者の半数が30分以上、4人に1人は1時間以上待つ。 2024年6月末における「1日平均患者数」は120万人前後 (厚労省調べ)。日本人の100人に1人が1日1時間ほどタイムロスしていると考えると恐ろしい(筆者・夏目が計算)。この時間が生産的な何かに使われたら、企業の業績だけでなく、日本のGDPすら押し上げるのではないか。

(取材・文/夏目幸明)

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