「真剣勝負」が最強の営業ツールに!?

社員教育やDXがコスト削減どころか営業ツールになり、ついには利益を出す可能性さえある……そんな話を聞き、よく晴れた土曜日、愛知県の中部トラック総合研修センターへ取材に行った。
ここで年に1度のイベントを開催するのは、愛知県・大府市に本社を置くセイリョウライン。従業員数は60名強、売上高は約10億円規模、と聞くと地方のよくある中堅運送会社に思えるが、同社の幣旗貴行社長は生粋のアイデアマン。そのDX、教育、営業、新規事業開拓の融合は熱量が高い。
イベントの名は『Seiryoline Skill up Session(以下、SSS)』。まずはトラック総合研修センターのホールで、会長が「これくらいは大丈夫だろう、という慢心は事故の入口!」と思いを述べると、前年の優勝者のスピーチが面白かった。「普段から、徹底した運行前点検、運行後の点検は当たり前。私は運転も、リフトも『より速く、より確実に、より美しく』を心がけています」という話の後――
「そんな私を倒すってことは、それ相応の覚悟がないとできませんよ。私をマジで引きずり下ろす、それぐらいの覚悟で来てください。受けて立ちます!」
これを号砲に競技開始。皆が腕試しをするのは、運転競技、点検競技、学科競技。その途中、仕掛け人の幣旗社長に話を聞くと興味深いコメントがあった。
「実は、お客様が見に来て下さるのです。そして『よくわかったよ。セイリョウさんに任せておけば安心だ』と仰ってくれるのですね」

安全運行を目指すイベントが、営業ツールにもなっているのだ。会場に来ずとも、招待状やイベントの動画を受け取っただけで『セイリョウさんは意識が違う』と言ってくれるクライアントも多い。
社員の熱量も高い。例えば点検競技。用意された車両には、あらかじめ故意に欠陥箇所が仕込まれており、参加者はプロの目でそれらを見つけ出さなければならない。真剣な目で点検に打ち込んでいた川口弘幸さんに、競技後、話を聞いた。

「こういったところで、日々の点検を評価してもらえるのは嬉しいですね。そして実際に、これらの技術は安全に寄与します。毎日やるからこそ例えば『あれ? 運行前点検の時よりちょっとトラックが傾いてないか?』といった異変に気づけるんです」
釘を踏んでわずかに空気圧が下がってしまうようなことは、実際に起こる。そして、日々新たな意識で点検していなければ、こういったごく微妙な違いに気づけるようにならない、と言うのだ。
さらに、このイベントをキャリアアップのきっかけにした若者もいる。黒山翔太さんだ。幣旗社長が目を細めて紹介する。
「SSSの会場に利用させて頂いている研修センターさんの敷地は、大型の免許を持っていなくても運転できます。ここで初めて大きなトラックを運転して『自分にもいける』と自信を持ってステップアップしたんです」

黒山さんが話す。
「もともと父親が大型トラックに乗っていたんです。その影響で自分も大型に乗ってみたいという思いはずっとあったのですが、なかなかチャンスがありませんでした。そんな中、このイベントで乗って自信をつけ、会社が(免許取得のための金銭的)サポートをしてくれることもあって大型免許に挑戦したんです」
イベントが、社員教育だけでなく社員のキャリアアップ、営業にも繋がっている……だけでなく、イベントの模様の発信がドライバー志望者とのエンゲージにも繋がっているという。大谷翔平選手もにっこりの「四刀流」だ。
経営者と現場の二人三脚が生んだ、1日3時間を創出する自作DX
アイデアマンの幣旗社長は「ぜひ多くの同業者に取り入れてほしい」と、このイベントに同業者を含む関係者を積極的に招待している。
そんな幣旗氏が業界を巻き込んで進めたいと考えているのが、「売れるDX」だ。
物流業界の99%は下請けで、これらの業者は脱アナログどころか、自社がアナログであることに問題意識がない企業も多い。かといって、筆者記事「事故は71%減、燃費は7%アップ!物流企業のロジスティードが生んだ「SSCV-Safety」の舞台裏」でも紹介しているロジスティードのような大手向けパッケージは、数十人規模の企業には「too much」の場合がある。幣旗社長は、そんな現状に問題意識を持っていた。
普段は配車を担当している今別府涼真氏が話す。
「配車の仕事は、限られた車両とドライバーをいかに効率よく動かし、仕事を割り振るかを考えるものです。しかし、かつての配車業務はアナログそのものでした。ベースとなる紙の表に『誰が何時頃に終わるから、次はこの現場へ』と手書きで書き込み、一日の終わりにそれをエクセルに手入力で転記して経理へと回していたんです」

幣旗社長は、パッケージソフトを買って現場に押し付けるようなことはしなかった。社長自ら徹底的に「現場の使い勝手」に寄り添ったのだ。
「社長と私が隣り合って一緒の画面を見ながらシステムの設計を行いました。例えばボタン一つで誰が空いているのかが一目でわかるようになりました。また、データを入力するだけで配車表への転記から運賃の計算、請求書の発行や支払処理に至るまでが一気通貫で自動化されました。これがあるおかげで、1日3時間分は業務効率が向上したと思います」
それだけではない。「顧客カルテ」を設け営業管理を行い顧客満足度を高めた。また、「デジタコ」のデータを吸い上げ、徹底活用した。「デジタコ」とは、「デジタルタコグラフ(Digital Tachograph)」の略。トラックやバスなどの商用車に搭載され、例えば走行速度・距離、急発進・急ブレーキ・急ハンドルの有無、リアルタイムの現在地情報などを記録する。
幣旗社長は自らコンピューターに向き合い、ドライバーの手書きの日報をGPSデータにより自動化し、休憩時間などの労務管理や、「このカーブで急ブレーキがあった」といった安全指導までエビデンスに基づいたものにした。
そして今、彼はこのシステムを「同じ規模の他社に売ることはできないか」と模索しているという。幣旗氏が話す。
「非常に便利です。そして、こんなシステムがあるから、私たちは『人間でしかできないこと』に時間を割けているのです。SSSのようなイベントを開催し、社員と話し、現場が仕事に向き合えるよう話を聞く、といったことには時間がかかりますからね」
このイベントに筆者を招待してくれた、外国人ドライバーを教育、国内事業者に紹介する『ア・プロ』高山辰夫社長によれば、「SSSのフォーマットを海外の人材送り出し機関などに販売していくことで当社と合意した」らしい。
失礼ながら「アナログな職場」の象徴でもあった運送業。しかしこの業界は「IT企業」への脱皮が求められていて、それを実現するのが幣旗氏のような経営者なのではないか、と感じた。

当「Link X Journal」では、今後も「運送業界のDX」「2024年問題の今」といったテーマで、業界で話題になっている企業の現実を報じていく。
