人の目には見えない光の波長を捉え、物質を識別する「ハイパースペクトルカメラ」。かつて軍事用として数百億円もの価格だったこの機械を、ある大学教授が数百万円にまで安価にした。この技術にAIを掛け合わせ、がんの早期発見、インフラの劣化予測、食品の鮮度管理等、様々な分野に革新をもたらそうとしている人物がいる。Milk.株式会社の中矢大弓社長だ。

左上が中矢氏、その右がハイパースペクトルカメラで撮影したレモンと『イロドリ』
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各産業を変える「ハイパースペクトルカメラ」とは何か
バスケットに入った赤いリンゴ、田んぼでそよぐ黄金色の稲穂。これらが赤や黄金色に見えるのは、太陽光や照明の下で特定の波長の光を吸収し、それ以外を反射しているからだ。リンゴが赤く見えるのはリンゴ自体が光っているわけでなく、人間の目が「赤」と認識する光を反射している、と言える。
ハイパースペクトルカメラも、反射した光を捉える原理は同じだ。しかし精度の桁が違う。人間の目は「赤・青・緑」の3種類の光センサーがあり、仮に紫色の物があれば「赤と青が混ざっているから紫」と認識する。一方、ハイパースペクトルカメラは高性能な分光器によって、光を141色もの原色に分解する。中矢氏が話す。
「多くの方が『見えるわけがない』と思っていたものが、実は見えるのです。様々な波長の光を当て、対象物がはね返してきた光のごくわずかな違いを読み解くと、今までにないデータがとれます」
例えば果物や野菜から反射する光を分析すると、皮の下の見えない傷が見えるようになる。また食品が酸化する過程で生じる微細な変化を検知・解析すれば、腐敗を数値化できる。さらに、ポリフェノール、カロテノイドなどの成分を計測すれば、見た目は同じ野菜や果物を比較し、どちらが栄養豊富か視覚的に理解できるようになる。
「既に実用化されているデバイスもあります。ハイパースペクトルカメラの技術を、より簡単に、安く利用できる光センサー『イロドリ』です。141の原色の中から、食品に関わる18原色だけを選び抜いて作られており、価格は1台あたり9万8000円、企業の導入も始まっています」(中矢氏)

『イロドリ』は農業分野にも応用可能だ。植物の葉に特定の光を当てれば光合成の度合いや窒素の含有量まで可視化できるため、あとどれくらい水や肥料が必要か、病気にかかりかけていないかなどを確認し、最適な農薬散布が可能になる。
「これはまだ、ハイパースペクトルカメラが可能にすることのごく一部です。見た目は同じで、ハイパースペクトルカメラで見ても、ほぼ同じに見える……しかし、AIに多数の画像を読み込ませたうえで細かく比較すると違いが見える、といったことが多数あるのです」
天才技術者との出会いと別れ。ドローン×分光器で自然災害も予測
中矢氏は1993年生まれ。米国留学などを経て、ハイパースペクトルカメラの小型化・低価格化に貢献した北海道科学大学工学部教授・佐鳥新氏に師事。「がんのメカニズムを物理学的に捉えたい」と北里大学と共にハイパースペクトルカメラによるがん細胞研究を開始した。
佐鳥氏は小惑星探査衛星「はやぶさ」のイオンエンジンの開発にも従事した技術者で、早くから「ハイパースペクトルカメラとAIを掛け合わせれば凄いことが起こる」と言っていたが、2021年、58歳の若さで亡くなってしまう。
その後、佐鳥氏の遺志を継ぐ形でハイパースペクトルカメラの社会実装を目指すことになったのは中矢氏だった。彼らには、好奇心旺盛な者同士として、師弟を超えたつながりがあったのだ。

中矢氏によれば、現時点でどれほどの産業が変わるか想像ができないという。
「例えばインフラです。肉眼では見えにくいコンクリートの劣化やアスファルトの亀裂はもちろん、表面からでは判断できない鉄筋のサビも可視化できます。これまでは熟練の職人がハンマーで叩いて音を聞き分ける打音検査が主流でしたが、ハイパースペクトルカメラを使えば、内部の水分量や、鉄筋を腐食させる塩化物イオンの濃度を計測して塩害の進行を知ることができますし、コンクリートの中性化といった化学的な成分変化も読み取ることもできます。当然、熟練の必要もありません」
NEXCOグループは既にMilk.社と協業を始めているという。
また土木分野では、土砂崩れなど自然災害の事前予測が可能となる。山の斜面や地表をドローンなどに搭載したハイパースペクトルカメラで広範囲に撮影することで、土壌の組成や含まれる水分量の状態をスペクトル特性から可視化できる。すると、どこに過剰な水が溜まって表層が流動しやすくなっているかを事前に把握し、土石流の発生予測に役立てることができるのだ。

「さらに、風力発電ブレードやダムなど、検査が難しい場所の非接触点検も可能となるでしょう。対象物に直接触れずとも、少し離れた場所からカメラを向ければ目視では見逃しかねない変質や微細な亀裂も捉えられます。実際、当社には既に風力発電の点検に関する相談が寄せられています」(中矢氏)
車体の軽量化から「見えない細菌」の検知まで。嘘と「ムラ」をなくすAI解析
製造業も変わる可能性がある。
「例えば自動車等のボディの塗装は1台あたり数kgになります。ハイパースペクトルカメラで塗料の厚み(膜厚)をマイクロメートルレベルで計測してムラをなくせば、塗料コストの削減、車体の軽量化による燃費向上、品質異常(サビ・剥がれ・色ムラ)の防止が期待できるでしょう」(中矢氏)

https://invisibleworld.co.jp/news/4ier_iy2nx/
人の目では見分けることが困難な製品の品質も見極められるようになる。半導体フィルムのような精密素材は、パッと見では品質の良し悪しが分かりにくいが、目視では発見できない微細な品質のばらつきや、製造過程での不良を正確に弾き出すことも可能となるはずだ。
また、様々な工場の衛生管理が変わる可能性がある。ハイパースペクトルカメラを使えば、どんな細菌がどれぐらい存在するかを計測、数値化することが可能なのだ。
既にハイパースペクトルカメラが活用され成果を挙げている分野もある。
「真贋判定です。宝石の買い取りや高級酒の二次流通を手掛ける企業は、精巧に作られた人工宝石やガラス、巧妙な偽造ワインに悩まされてきました。本物と同じに見えるのは当然、ハイパースペクトルカメラの分光情報で比較しても、非常によく似て見えます」
しかし、情報をAIで処理するとわずかな違いがわかる。天然の鉱物だけが持つ結晶構造の歪みや、長年熟成された高級酒だけが持つ複雑な有機化合物の成分の違いが、わずかな光の吸収・反射のパターンの差として表れるのだ。
中矢氏が今後を語る。
「弊社には強みがあります。ハイパースペクトルカメラの真価を発揮するには、AIなどのソフトウェア技術と、映像や光のハードウェア技術の両方が不可欠です。しかし現在、AIを研究しているデータサイエンティストは分光情報(光の波長)を扱うことが初めての方が多く、光の専門家はAIによる画像解析に精通していない場合が多いのです」
Milk.は、恩師・佐鳥氏の存命中から、ソフトとハードの両方を扱う「ハイパースペクトル応用工学」という学際的な領域の確立を目指してきた。中矢氏は、これが花開けば新たな未来を創造できる、と力をこめる。
「我々は、宇宙分野では争いを、医療分野では病を、インフラや建設の分野では危険をなくしたいと考えています。また、食品農業分野では飢えを、素材の分野では嘘をなくします。
そこで今、我々はこの技術を実装まで持っていけるパートナー企業を求めています。大手ゼネコンさんや、農業に関心のある食品関連企業、製造業など、関心がある方はぜひ、お問い合わせ頂きたいですね」
この技術、新たな事業の核となる可能性もあるかもしれない。貴社にいかがか。
