田原祐子氏:いがみ合いがなくなり、早く帰れる!? 欧米の大学生が全員学ぶ「ビジネスプロセスの可視化」とは

日本企業には大きな欠陥がある。現場は様々な技術や知識やノウハウ――いわゆる「暗黙知」を多く持っているが、これが引き継がれず、周囲にも見えにくい。これにより企業の成長は大きく阻まれているという。警鐘を鳴らすのは「暗黙知」を20年以上研究し、1500社・延べ13万人を指導してきた一般社団法人「ナレッジマネジメント・ラボ」代表理事の田原祐子さんだ。

「隣の人が何をしているか」がわからない組織の弊害

筆者が広告代理店の営業として新卒で入社した時のことだ。フロアにいる人たちが、それぞれ何の仕事をしているのかわからない。例えば、どのテレビ局のどんな番組にCMを流すかを考える人が「メディアプラン」を作るまでに、どんな判断材料が必要で、どんな工程を踏むのかわからない。だから気の利かせようもなく、評価もできなかった。

田原さんがうなずいた。

「日本は、世界で最もハイコンテキストな文化――『言わなくてもわかる』、『以心伝心』が美徳とされる文化なんです。実際、共通の背景、共通の知識や経験がある場合が多く、すべてを言葉にしなくても察し合うことができます」

しかし、世界はそうはできてない。そもそも言葉が通じない場合もあるし、育つ環境も千差万別だ。

「欧米の大学では、ビジネスプロセスの可視化を学生全員が学ぶんです。ヨーロッパなら、どんな田舎の学校だろうが全員。私も聞いた時は驚いて、『本当ですか?』と確認したくらいです。

しかも、教材が本格的です。企業が導入すれば年に数百万円かかるような業務プロセス可視化のソフトウェアを学生に使わせています。ところが、日本にはそういう授業がありません。それどころか、ビジネスプロセスを学ぶ場所自体がありません」

筆者はその後、出版社でフリーの記者として仕事をし始めたが、そこでも「うちの企画はこういう基準で決まる」「取材までにこういう手順を踏む」といったものは見たことがなく、すべては現場が空気を読んだり、相手の立場を察したりして仕事をしていた。

筆者はこれが当たり前だと思ってきたが、日本独特の文化だったのだ。海に隔てられた日本は諸外国に比べ均質だから「別に教えなくてもわかるでしょ」という文化があり、むしろ「知らないあなたが勉強不足」という雰囲気すらある。しかし田原さんによれば、この文化は今や利点より弊害が大きい。

「世代間の差は広がり、転職の機会も増え、外国人と一緒に働くことも増えています。すなわち、背景が異なる人とやり取りする場合が多くなっています。そして背景が異なる人と話す場合、言葉になっていないものは決して伝わりません。このギャップが摩擦を生み、改革を阻むのです」

田原さんのメソッドはYouTubeでも見ることができる

責任のなすり合いが「歩み寄り」に変わった瞬間

田原さんは、賃貸マンションを大家から預かって管理する、ある大企業の事例を挙げた。

この会社には、営業、設計、原状回復という三つの部門があった。入居者が退去すると、営業が設計に原状回復工事の案と見積り作成を依頼して大家さんに提出する。大家さんのOKが出たら、原状回復部門が工事を行い、不動産屋さんに引き渡す。それほど難しいプロセスではないように思える。

「でも、もめてばかりだったんです。営業は設計の仕事がわからないから、大家さんへのヒアリングに漏れがあったりします。設計は原状回復工事の担当者の仕事を理解できていないことも多かったから『こんな簡単な工事になんでこんなにお金と納期がかかるの?』となります。そんな中、途中で大家さんが『やっぱりここはこうしたい』などと意向を漏らすと『言ったじゃないか』『もうできないよ』『何言ってんの?』となって混乱するんです」

田原さんは、三部門の担当者に集まってもらい、隣の部門が何をどんな順序でやっているか、業務の流れをすべて書き出す場を作った。すると、驚くことに、その場で結果が出た。

「それまで『あなたのところが遅いから、うちがクレームを受ける』などと言い合っていた人たちが、『そちらの業務はこういう流れだったんですね。それならこちらはこう工夫しないといけませんね』と歩み寄りが始まったんです」

いがみ合いの原因は人間関係ではなく、互いの仕事が見えないことだったのだ。ある介護施設でも似た変化が起きた。周囲に陰で「あの人は“下の世話”をやらないよね」と言われていた職員が、業務を見える化すると本人から「私、これやってませんね。すみません」と言い始めた。

これだけでも大きな成果だが、互いの仕事が見えていない組織には、さらに弊害があるらしい。

田原さんが運営するコンサルティング企業「BASIC CONSULTING」のホームページ
https://www.basic7.com/https://www.basic7.com/

業務プロセスなきDXに意味はない

簡単に言えば、新人が困る。「その人しかできない」ことが増えると不正の温床になりかねない。知識や技術も引き継げない。さらには……。

「DXが進められません。ビジネスプロセスが可視化されていなければシステム化なんてできませんよね。日本のDXが世界から遅れをとっている理由の一つは、この『プロセスを言語化・可視化する文化の欠如』なのです」

ではDXを進めるために何をどう可視化すればいいのだろうか。田原さんはありがちな誤解を挙げる。

「単に作業の手順書を作ればいいわけじゃないんです。業務プロセスの中には必ず『判断』があります。仮にテレビ局が番組を作るなら、その際『企画を立て、制作会社に発注して、CMを入れてオンエアする』わけですが、これは表面をなぞったに過ぎません。こういった形式知(誰でもわかるプロセス)だけでなく、ベテランにしかわからない暗黙知(その人にしかわからない知識や技術)を明らかにする必要があるんです」

例えば、どんな視聴者にどんな企画がウケるのか、ステークホルダーにどう配慮するか、といった工程を省いてしまうと失敗に終わる。暗黙知の正体は「思考プロセスと判断ポイント」の集合体なのだ。

付箋で思考プロセスを抽出する3ステップ

では、その「思考プロセスと判断ポイント」を、どうやって本人の頭の中から取り出すのか。田原さんが20年以上にわたり研究・改良を重ね、全国能率大会(経済産業省後援)で3度表彰された方法が「フレーム&ワークモジュール®」だ。手順は難しくない。特別なシステムも要らず、使うのは付箋だ。

第1段階は「モジュール化」(モジュールとは部品や構成単位のこと)。自動車を「内装部品」「エンジン」「足回り」に分けるように、業務を分解していく。仮に人事部門の「採用」なら、「採用計画」「募集広告」「採用面接」といった具合だ。分け方に厳密なルールはなく、内容に応じて大・中・小に区切ればいい。この付箋を並べたものが、業務の全体を示す「モジュール一覧表」になる。若手が「自分の仕事の意味がわからない」と言い出す職場は、たいていこの地図を渡さずに歩かせている。

第2段階は「フレーム化」(部品を誰もが使える標準の型に整えること)。書き出した付箋を並べ替え、どの順番で進めれば無駄がないかを考えて、標準形をつくる。重要でない付箋も出てくるので、優先順位を整理する。こうして浮かび上がるのが、業務の流れを示す「フロー図」だ。前工程と後工程のどこがつながっているのか、どこで手戻りが起きているのかが、ここで初めて目に見える。冒頭のマンション管理会社で三部門が歩み寄ったのは、まさにこの図ができた瞬間だった。

そして第3段階が、業務の細部を記す「KWリスト(Knowledge & Wisdomリスト)」の作成。この作業のポイントは、「なぜそうするのか」を書いてあるかどうかだ。

たとえばマンション管理会社に住民から漏水の連絡が入ったとする。作業マニュアルを作るなら、「状況を聞く」「給水管を締める」「上下階の住民に連絡する」となるはずだ。しかしKWリストには、そこに一行加わる。

「給水管からは“常時圧力がかかっており”、漏水の場合は元栓を締めないと水が出続ける」

なぜ、そうするのか。この一行があるかないかで、若手の対応はまるで変わる。理由を知らない人間はマニュアル通りにしか動けず、もしかしたら「状況を聞く」に時間をかけすぎ、被害を拡大してしまうかもしれない。一方、理由を知っている人間は応用が利くのだ。

最後に、実践のポイントを聞いた。上長が気を付けるべきことは二つだという。

「まずトップダウンで始め、それをやり遂げる責任者を指名することです。曖昧なままにしておくと、みんなやらなくて済んでしまいますから」

責任者は組織の全体が見えている人物がいい。これに加え、進め方にポイントがある。

「いきなり『可視化するぞ』と言ってはいけません。可視化することで、みんなにどんなメリットがあるのかを先に共有するのです。ある病院では『みんなが気持ちよく、快適に働ける病院にしよう』という掲げ方をしました。可視化は前面に押し出さない。それは主たる目的ではなく、効果のほうに全員が納得してから始めるのです」

では、一般的な企業では、社員は可視化によってどんなメリットを享受できるのだろう? 田原さんは笑ってこう言った。

「みんなが早く帰れるようになりますよ」

「阿吽の呼吸」という美しい文化は、時に組織をブラックボックス化し、私たちの時間を静かに奪っていく。もし筆者が新人の頃、オフィスの壁一面に付箋が貼られ、先輩たちの「思考プロセス」が可視化されていたなら、私はもっと早く一人前になれたかもしれない。
(取材/文・夏目幸明)

田原祐子(たはら・ゆうこ)

一般社団法人「ナレッジマネジメント・ラボ」代表理事。社会構想大学院大学実務教育研究科教授。日本ナレッジ・マネジメント学会理事。約30年前から、上場企業、中小企業、病院・介護施設、伝統工芸まで約1500社・延べ13万人を指導。暗黙知を形式知化する独自メソドロジー「フレーム&ワークモジュール®」を開発し、全国能率大会(経済産業省後援)で3度表彰された。上場企業の社外取締役も務める。著書多数。

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